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総合病院を卒業

3年間の抗がん剤治療が終わり、CTと腫瘍マーカーのチェック。5年目の大腸内視鏡をポリープなしで終了。

担当して下さった医師団も部長になったM医師を残してすべて転勤してしまった。
5年の歳月は長かったんだな。

M医師の「よくここまで来ましたね」の言葉とともにこの総合病院を卒業です。

医師看護師をはじめこの総合病院には本当にお世話になった。
全てのスタッフに今も感謝している。

少し悩んだのがこれからのかかりつけ医をどうするか、これからの健診は何をしたらいいのか。

結局、かかりつけ医はもとのクリニックに戻り、健診は自治体で行っている成人健診と腹部エコーと胃カメラと便潜血を年1回。3年に1回大腸内視鏡。

しかし、今年、術後8年で受けた内視鏡でポリープが見つかったのでこれからは2年に1回の大腸内視鏡になりました。

退院してからインターネットや本TVなどで仕入れた情報で私に合っている健康法を考えて、発芽玄米と梅のエキスを食べ始めました。

梅エキスはTVで”梅研究家の飼い犬が口腔がんになり、牛乳と一緒に梅エキスを飲ませたところがんがなくなった”というのを見て始めました。科学的な根拠は?まあいいです。

先日受けた大腸内視鏡で見つかったポリープも良性でした。

術後8年いまのところ元気です。

これで私のがん体験はおしまいです。
だれかのお役にたてば幸いです。

これからも人生の苦楽をじっくり味わいながら生きていきたいと思っています。

皆さんどうぞお元気でお過ごしください。








親のがんを子供に告知する

私のがんの手術をしたあとずっと考え続けていたことは、私の病気を子供にいつどうやって説明するかだった。

当時小学生と中学生。
幼児ではないから話せばわかる。そうすると事の深刻性もわかる。
がんは治る病気と言ってもやはり死に近い。

抗がん剤を飲んでいたので副作用で吐いたり、寝たり、起きたり。
この様子に
「何の薬を飲んでいるの?」
「胃腸の動きを良くする薬だよ」
「薬を飲んでいるのに具合が悪いのはどうして?」
「さあーどうしてかなー」
時々こんな会話が交わされる。

ホントのことを言えずに誤魔化すのはとても嫌だった。

夫は何年か先に「実はあれはがんだった」っと言えばいいと言います。
私は誤魔化すのは嫌だったのと、再発した場合はホントのことを言わざるおえなくなる。
その時はゆっくり話す余裕はなく残りの時間は少ないと思った。

いろいろ考えた結果、抗がん剤がすべて終わる術後3年に話す事になった。

それまでに県立がんセンターから子供に告知する為の小雑誌を送っていただいた。
これはもともと海外で編集されたものらしく、翻訳が少し奇妙なところもあったがとても参考になった。

子供への説明は
病気の状態。
今すぐは死なないこと。
病気は遺伝しないこと。
あなたたち(子供たち)のせいで病気になったわけではないこと。
子供たちを大切に思っていること。
今まで誤魔化したことのおわび。

子供たちは「何だか変だ」と思っていたが、まさかがんだとは思っていなかった。
少し動揺したようだが冷静に説明を聞いてくれた。

子供たちにホントのことを説明できたこと、抗がん剤が終わったことでこの年は気持ちがすっと軽くなった。

がんの私を精神的に楽にしてくれたもの

私はがんになってはじめて死を身近に感じるようになった。

私が20代の頃に父を亡くしていたので、人はいずれ死ぬことは分かっていた。
それでも40代で死に直面するとは予想外、平均寿命が80才を超える現代、私は人生半ばだと思っていた。

ひとはどこから来て、何のために生まれて、どこへ行くのか。

既存の宗教・新興宗教どこにも答えは無く、ただ答えを探しながら過ごした。
そのなかで以前から放送していたオーラの泉を時々見るようになった。

今はいろんな状況で科学的に証明されていないものは放送されなくなっているが、私にとってそれはどうでも良かった。自分の心に響くかどうかだ。
毎回番組が自分の探しているもののヒントになるわけではなかったが、時々「あーこんなことかな」と思うことがあり、放送終了する頃には心が楽になっていた。

私の心を楽にしてくれたものはおそらくこの番組だけではなく、私を取り巻く自然・太陽の温かさ、風、鳥のさえずり、雨、草木の緑、いろんな音楽、そして家族。総合的なものだろう。

答えは見つからなかったし、今も見つかっていない。死ぬまで生きるそれがたどり着いたところだった。

がんだとわかるといろんな宗教の勧誘が来る。
その中には勧誘とわからないものもある。

TVで新興宗教の勧誘方法を紹介する番組をたまたま見ていた。
病院へ行き、がん患者の入院病棟へ見舞いを装って入り、患者の家族の後を付けて家を特定する。
それからその家に定期的に宗教のパンフレットを入れる。

心が疲れている家族はその宗教に通うようになる。

「ん?」これはどこかで?

私が外科外来に通院していたころ家にある新興宗教の小雑誌がポストに入るようになった。
始めは子育て世代のお母さん向け。
なかなか良いことが書いてある、参考になる。
その後同じシリーズのがん患者の体験談が載ったものがポストに入っていた。
これもなかなか良い出来で、ちょっと話を聞きに行こうかなと思うほど。

この番組を見て「私を病院からつけてきたのか」と思うと、気持ち悪いし、怒りもあった。

確証はありませんが、がん患者家族はくれぐれも気を付けてほしいものです。




ひとり精神腫瘍学

退院してから外科外来に通院していたが、体のことは相談できるが心のことは誰にも相談できなかった。

精神腫瘍科はなかったし、患者サロンもまだ無かった。

うつ症状を発症するようなことにはならなかったが、明らかに今までとは違う精神状態になっていた。

深淵をのぞいているようだった。

入院しているときは周りにたくさんの人がいて、看護師さんも親身になってくれる。
病気を治す目標がある。

家に帰ればひとりだ。
家族は居るが、ひとりで向き合わなければならなかった。
鏡で自分の顔をしばらく見る事が出来なかった。
鏡の自分と目が合ってしまうと、がんになった自分が現実にいることが分かってしまうから。

感情の波が大きく、道端の花を見ればその美しさに涙が出て、空を見ればその青さに涙が出る。
だから誰かの小さな一言が大きく心に響く。いい言葉ならいいが、それはたいてい心を傷つける。

夫が私のために言ってくれた言葉が素直に受け取れずそれで小さなイザコザニなる。
夫にはがんになった私の気持ちは分からず、私はがん患者の家族の気持ちが分からない。
それでも、相手の立場に立ってみれば夫がどれだけ怖い思いをしていたか今になればよく分かる。

死を近いことと意識しだすといろんなことを考える。

自分がどこから来て、何をするために生まれて、どこに行くのか。

どこから来たのかはわからず、どこに行くのかもわからない。
でも、何をするために生まれてきたのかは見つける事が出来た。それを今もやっている。

がんになると1年以内に病気以外で亡くなる方が多いという。
事故や自殺で。

私も症状的には早期発見とはいかなかったが、こうして8年再発しないで生きている。

だから未来を悲観しないで生きてみてほしい。

がんになってどうしても死にたくないと思って何年か生きてきたが、命あるかぎり生きるということが難しいことだと今は思っている。



がん情報とインターネット

私は検査入院からそのまま手術だったので、退院してから本、インターネット、TVで情報を集めました。

癌研・県立がん病院・がん学会等のHPから、本は当時有明がんセンターの勤務医だった医師著のがんの教科書。家族ががん患者だった方の体験談。

TVはNHKでがんの特集をキャンペーンで放送していたのでよく見ていました。
がんは珍しい病気ではないので情報を集めるのには楽でした。

ただインターネットは玉石混淆。
明らかに書籍を売り込みたい為の体験談。
成分がよくわからない健康食品。それも高額。
抗がん剤で体力がない時に長時間インターネットを見るのは疲れるうえに判断力も落ちてくるので要注意だ。

HPではがんのセカンドオピニオンを良く見ていました。
現役の医師が複数集まりメールでの質問に答える。
主に抗がん剤の相談。
年齢、がんの部位、手術からの経過。
再発の方が多く抗がん剤の使い方の参考になった。

こうして調べていくと自分のがんの深刻さが解ってくる。
ステージ3b
1年半以内に再発転移処置後1年半ごろ亡くなる。
大体このような経過をたどることが多い。
TVでよく見ていた女優さんも私と同年代、部位も同じ、発見の経緯も同じだった。約3年で亡くなった。

これは大変。時間がない。
生きてるうちに、自分の不要物の処分。金融関係の処理。相続で子供に迷惑を掛けないように法的処理。
子供に遺書。
体調は良くないができることはやっておいた。

正しい情報を入手し自分でよく考え出来る限り対処する。
専門的なことは医師によく聞く。診察時間は1時間待って10分なので、質問事項を紙に書いて持っていく。

冷静になって事務的に対処すれば上記に書いたようにこんなとこだが、精神的なところはホントニ辛かった。
患者会が病院に無く、県立がんセンターは遠く2時間ぐらいかかる。

精神的に不安定な時間がしばらく続く。