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第5中足骨折

2016年10月27日
自宅近くの砂利道で足を踏み外しました。
気が付くと左足の猛烈な痛み、右ひざの痛みで地面に正座していました。
すぐには立ち上がれませんでしたが、100メートルほど家まで帰りました。
左足の甲に湿布をしてみましたが激しい痛みと腫れに"これはただ事ではない予感"。

午後、整形外科を受診しました。
レントゲンと診察。
"左小指の付け根あたり骨折しています。完治までギプスをして4~6週間ぐらいでしょう。"
シーネという濡らすと固まるギプスを指の付け根から踵からふくらはぎまで当てて、それを包帯で巻く。
湿布はなし。痛み止め1週間分。
松葉杖の簡単な使い方説明を受けてレンタル

痛みは3日ぐらいで治まり、家では松葉杖1本で左足をちょこっと床に着けて歩きました。

1週間後再診。
レントゲンと診察。先生はレントゲンを見ながら
"うーん、ウォーキングをするんですよねー。うーん、50代ですよねー。このまま骨折部分はくっつくかもしれないですけど、痛みが残る可能性もあります。紹介状を書きますので大きな病院で診てもらってください。"

4日後紹介された総合病院でレントゲン、CT、診察。
"このままだと骨折部分はつきません。離れたままでしょうから手術をおすすめします。1年にひとりいるかいないかのひどい骨折です。"
と、昨年同じ手術をした方のレントゲンを見せてくださいました。ネジで止めるだけかと思っていたら、骨折で離れてしまった部分を引っ掛けて戻す器具とそれを止めるボルトや針金みたいなものまで大がかりな手術が想像できました。
入院と全身麻酔のための検査説明を受けて、心電図、採血、検尿、血圧、肺活量。

1週間後入院。
手術の説明を受けて、第5中足骨折、観血的整復固定術、全身麻酔、チタン合金のプレートとワイヤーで骨折部を固定する。退院は3週間後。翌日午前手術。

手術当日。
手術は2時間ぐらい、傷は透明なテープでおおわれ、シーネに包帯。足を高くして、アイシング。
痛み止めを点滴で入れてもらい朝までしのぐ。
腫れているのと内出血で青くなって、痛みは3日ぐらい腫れは1週間すると少し良くなってきた。

リハビリは2日後から始まり1週間後に退院できるように松葉杖で歩いて階段を上下できるように習いました。両松葉杖は腕や肩の筋肉が不足していたようでとても大変でした。階段もとても怖くて汗びっしょり。

1週間後退院。
両松葉杖で左足は床に着けない。家では家事をやろうと1日に1回は転んでいました。
足を着けるまで術後3週間かかるので仕事や家事がゆるすなら3週間は入院していたほうが良かったです。せめて2週間。

退院後1週間外来。術後2週間。
レントゲンと診察。
良好ということで、抜糸、シーネがつま先から踵までに作り替えられた。靴の中敷きのような感じ。
シーネが短くなってとても楽。寝る時も楽。
左足に5~7キロぐらい体重をかけていいとのこと。ちょこっと左足を床に着けることができてバランスがとれて転ばなくなった。リハビリで体重の掛け方やマッサージの方法も丁寧に指導してもらい家で筋トレも始めた。

術後3週間。外来。
レントゲン、診察。リハビリ。
左足に体重の二分の一を掛けることができ杖が1本になる。

術後4週間。外来。
レントゲン、診察。リハビリ。
手術あとに貼ってあった透明テープから紙のような茶色のテープを貼るだけになる。
左足にのシーネは家ではつけなくていいようになる。外出時は着けるように指示される。

術後5週間。外来。
レントゲン、診察。リハビリ。
骨折はまだついてはいないけど順調で松葉杖返却。骨が付くのは3か月後ぐらい。

術後6週間。外来。
レントゲン、診察。
リハビリは全体重での歩行の最終チェックで終了。
歩行はゆっくりとできるようになり、杖を買いましたが使いませんでした。

術後10週間。外来。
レントゲン。診察。
手術跡の皮膚の様子。レントゲンで骨折部分が着いてきているようだとのこと。
抜釘の時期などの説明、術後1年に予定。

現在の様子。
歩行はすっかり元通り。小走りはできます。ダッシュはできません。正座はできません。痛みがあるので無理にはしません。金属が入っているところがピリッと痛いことがあります。左はなぜか足の裏が湿っています。

次は11月ごろの抜釘でしょうか。
これからは転ばないように気を付けます。







2016健診結果そのⅡ

 今年のがん健診

1月  乳がん健診 マンモグラフィー
  かかりつけ医から2年に1度マンモを総合病院で受診し、読影してデーターを保存して年での変化を見て もらう。

5・6月 腹部エコー、胃カメラ、大腸内視鏡、腫瘍マーカーCEA,CA19-9.。

7月  胸部レントゲン

8月  子宮体がん、子宮頸がん 2年に1度近くの婦人科クリニックで受診しました。

子宮体がん健診は、以前TVでこの検査がとても苦痛だった方のインタビューを見ていたので、子宮頸がん健診
だけで済まそうと思っていたのですが、クリニック受付の同年代の女性に強く勧められ2年前に初めて受診しました。

子宮頸がん健診よりは違和感がありましたが、痛みもさほどありませんでした。
診察台に乗ったら深呼吸と長めに息を吐いてリラックスに努める。
本当にこれだけで大丈夫でしたよ。

痛みの感受性は人それぞれなので検査が苦痛だったということはあまり言わないようにしています。


私のような内臓にがんがあった方は受けたほうがいいです。安心できます。

というわけで、大腸がんステージ3bから10年めの健診も盛りだくさんで終わりました。

今のところ健康で生活しています。

8月も終わりにさしかかって来ましたが、まだまだ暑い日が続いています。
皆さんもお体大切にご自愛ください。


2016健診結果

 今日は梅雨明け前の曇り空です。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今年で大腸がんステージ3bから10年です。

今年も大腸内視鏡・胃カメラと健診を受けてきました。

大腸にはポリープ9個あり、切除をしてもらい、傷口をクリップで止めた写真を見せてもらいました。

腫瘍マーカーはCEA・CA19-9。正常値の範囲内でした。

これで消化器系のがんは今のところ無いらしいです。

前回の大腸内視鏡後は食べると下痢、治ってまた食べると下痢を繰り返し1カ月体調不良だったので、今年は検査を胃カメラと別の日にしてもらい検査後一週間は"たまごかゆ"にしてみました。下痢になることもなく回復しました。


ただ、心電図から昨年は心エコーでしたが、今年は24時間ホルターを着けることになりました。
動脈硬化が進んでいて血管に影響が出ているようです。

コレステロールの薬も服用しています。

老化ですね。

 今年は新たにがん経験者と話す機会がありました。その方は、医師から"いか・たこ・ごぼう・たけのこ"は
食べ過ぎないようにと言われたそうです。
腸閉塞は2回経験されていて原因は"うどん"だったそうです。

うーん、意外なお話でした。とてもいい教訓になりました。

この頃は、ゆっくり噛む事を忘れていましたが、気を付けようと思いました。

2年に1回の大腸内視鏡でポリープが9個もあってちょっとショックですが、これからも腸内環境を良くすることを心がけて日々精進していきたいと思います。

1月に乳がん検診を受け、8月に子宮がん検診を受けに行く予定です。

今年はたくさんのがん検診を受診する年なので疲れますが頑張ります。



私のがん再発防止対策

がんは生活習慣病というなら、まずは食生活

野菜中心を心がけ、なるべく減農薬。
人参が良い、というのでりんごと人参のジュースを毎日飲みました。1か月ぐらいでギブアップ。

きのこが良い、アガリクス、ハナビラタケなどは高価なのと粉末になっていて何が入っているか自分で確かめることが出来ないので飲みませんでした。

フコイダンが良い、わかめ・とろろ・めかぶ日常の食事ににとりいれてます。

玄米と野菜で無塩の食事、試してみましたが家族の食事も一緒に作らなくてはならないので断念。
タンパク質を取らないことも不安なので。
発芽玄米は続けています。
いまは麦ごはんブームです。

食べないように気を付けているのは加工肉。
ハムソーセージなど。
これは、おそらくがんを発生させるであろうという食品ということで。

積極的に食べたいものは、がん抑制効果があるだろうという食品ピラミッドの一番上のにんにく
その下にキャベツなどの菜種系の野菜。

くだものは、柿は注意が必要だそうです。
たくさん食べると腸内で固まって腸閉塞を起こすことがあるそうで、秋は腸閉塞の患者さんが多いそうです。
焼き芋・きのこも多く食べすぎないことです。

あとは以前書きましたが、梅エキスは今も飲んでいます。

運動はスロージョギング30~1時間。
家の中でも。
術後は外に出ると便意・トイレの問題もあって家事をしながら家の中をぐるぐる

抗がん剤の副作用で苦しい時もスロージョギングをすると少し嘔吐感がやわらぐようでした。

免疫力を上げるために笑う。
お笑い番組はたくさん観ていました。
何もない時も口の口角を上げてほほえみを作ります。

ストレスが良くないという事で少し"いいかげんなひと"になろうとしています。
心配性で責任感が強いので物事をやり過ぎるところがあるので、誰かにお任せできることはやってもらっています。

いまは普通の生活が送れています。
9年間、何が良かったのかわかりませんが、参考になれば幸いです。

それでは、皆様もお元気で生活できますように。



健診の結果は

カメラ・腹部エコー・便潜血・胸部レントゲン・腫瘍マーカー(CEA、CA19-9)は全て異常なし。

ただ、LDLコレステロールが3,4年前から基準値オーバーで運動や食事に気を付けていますが基準値内に入りません。そろそろ、薬を服用しなければいけないかもしれません。

がんの再発や転移は今のところありませんでした。
ステージ3bでしたから何年たっても安心はできないとわかってはいますが。

がんが見つかり手術をし抗がん剤を飲んで命が助かったわけですが、またがんにならなうようにどうしたらいいのか?
がんは生活習慣病だというならどうしたらいいのか?

いろいろ考えて、情報を得てそれを試してみました。

9年間生きているんだから何かやってみたことで良いことがあったはずです。

それってなんだろう。





かかりつけのクリニック

以前に書きましたが、総合病院を5年の経過観察終了で卒業するときに、これからのかかりつけ医を決めてくださいとのことで迷いながら今のクリニックにお世話になっています。

家から歩いて行ける範囲に3クリニックがありました。迷いました。
決め手は、いろんな検査ができること、医師が私より若いこと。

私の理想としては、訪問看護をしてくれて最後は自宅でのみとりもしてくれる医師。

ここは人口40万の市ですがみとりをしてくれる医療機関は当時5クリニックでしたので、その訪問範囲には入りませんでした。
ですので、いよいよとなったら痛みの調節をクリニックでしてもらいながら、市内にあるキリスト教系病院のホスピスを申し込もうかと思っていました。

最後は自宅でというのなら、訪問介護をしてくれる医師と、痛みを調節してくれるペインクリニック、薬剤師看護師さんを増やしてほしいですね。
家族に負担を掛けずに。安心がほしい。

かかりつけクリニックは、胃と大腸カメラ・腹部などのエコー・レントゲン・呼吸機能検査・PWV(血管の硬さ)の検査ができ、自治体の健診を受診できます。
患者さんも多いので混んでいます。診察後の待ち時間が長いので家に帰ってくるとグッタリです。

今年の健診は、自治体の健診・便潜血・胃カメラ・腹部エコー・心電図からの心エコー・骨密度でした。






2015年 健診の結果

梅雨に入って今日も雨模様です。
うっとうしい季節ですが雨に濡れた木々は美しくきらめいています。

皆様お元気でお過ごしでしょうか?

5月6月は私にとって大腸がん手術から何年という区切りの時です。
今年で9年です。

そうなんです、まだ生きています。

以前、いろんな方のブログを読んでいて厳しい病状からその後の更新が無くなって悲しい気持ちになったことがありました。
ですので、生きていたらその後の様子を書いておこうと思いました。

お暇がありましたらお付き合いください。

総合病院を卒業

3年間の抗がん剤治療が終わり、CTと腫瘍マーカーのチェック。5年目の大腸内視鏡をポリープなしで終了。

担当して下さった医師団も部長になったM医師を残してすべて転勤してしまった。
5年の歳月は長かったんだな。

M医師の「よくここまで来ましたね」の言葉とともにこの総合病院を卒業です。

医師看護師をはじめこの総合病院には本当にお世話になった。
全てのスタッフに今も感謝している。

少し悩んだのがこれからのかかりつけ医をどうするか、これからの健診は何をしたらいいのか。

結局、かかりつけ医はもとのクリニックに戻り、健診は自治体で行っている成人健診と腹部エコーと胃カメラと便潜血を年1回。3年に1回大腸内視鏡。

しかし、今年、術後8年で受けた内視鏡でポリープが見つかったのでこれからは2年に1回の大腸内視鏡になりました。

退院してからインターネットや本TVなどで仕入れた情報で私に合っている健康法を考えて、発芽玄米と梅のエキスを食べ始めました。

梅エキスはTVで”梅研究家の飼い犬が口腔がんになり、牛乳と一緒に梅エキスを飲ませたところがんがなくなった”というのを見て始めました。科学的な根拠は?まあいいです。

先日受けた大腸内視鏡で見つかったポリープも良性でした。

術後8年いまのところ元気です。

これで私のがん体験はおしまいです。
だれかのお役にたてば幸いです。

これからも人生の苦楽をじっくり味わいながら生きていきたいと思っています。

皆さんどうぞお元気でお過ごしください。








親のがんを子供に告知する

私のがんの手術をしたあとずっと考え続けていたことは、私の病気子供にいつどうやって説明するかだった。

当時小学生と中学生。
幼児ではないから話せばわかる。そうすると事の深刻性もわかる。
がんは治る病気と言ってもやはり死に近い。

抗がん剤を飲んでいたので副作用で吐いたり、寝たり、起きたり。
この様子に
「何の薬を飲んでいるの?」
「胃腸の動きを良くする薬だよ」
「薬を飲んでいるのに具合が悪いのはどうして?」
「さあーどうしてかなー」
時々こんな会話が交わされる。

ホントのことを言えずに誤魔化すのはとても嫌だった。

夫は何年か先に「実はあれはがんだった」っと言えばいいと言います。
私は誤魔化すのは嫌だったのと、再発した場合はホントのことを言わざるおえなくなる。
その時はゆっくり話す余裕はなく残りの時間は少ないと思った。

いろいろ考えた結果、抗がん剤がすべて終わる術後3年に話す事になった。

それまでに県立がんセンターから子供に告知する為の小雑誌を送っていただいた。
これはもともと海外で編集されたものらしく、翻訳が少し奇妙なところもあったがとても参考になった。

子供への説明は
病気の状態。
今すぐは死なないこと。
病気は遺伝しないこと。
あなたたち(子供たち)のせいで病気になったわけではないこと。
子供たちを大切に思っていること。
今まで誤魔化したことのおわび。

子供たちは「何だか変だ」と思っていたが、まさかがんだとは思っていなかった。
少し動揺したようだが冷静に説明を聞いてくれた。

子供たちにホントのことを説明できたこと、抗がん剤が終わったことでこの年は気持ちがすっと軽くなった。

がんの私を精神的に楽にしてくれたもの

私はがんになってはじめて死を身近に感じるようになった。

私が20代の頃に父を亡くしていたので、人はいずれ死ぬことは分かっていた。
それでも40代で死に直面するとは予想外、平均寿命が80才を超える現代、私は人生半ばだと思っていた。

ひとはどこから来て、何のために生まれて、どこへ行くのか。

既存の宗教・新興宗教どこにも答えは無く、ただ答えを探しながら過ごした。
そのなかで以前から放送していたオーラの泉を時々見るようになった。

今はいろんな状況で科学的に証明されていないものは放送されなくなっているが、私にとってそれはどうでも良かった。自分の心に響くかどうかだ。
毎回番組が自分の探しているもののヒントになるわけではなかったが、時々「あーこんなことかな」と思うことがあり、放送終了する頃には心が楽になっていた。

私の心を楽にしてくれたものはおそらくこの番組だけではなく、私を取り巻く自然・太陽の温かさ、風、鳥のさえずり、雨、草木の緑、いろんな音楽、そして家族。総合的なものだろう。

答えは見つからなかったし、今も見つかっていない。死ぬまで生きるそれがたどり着いたところだった。

がんだとわかるといろんな宗教の勧誘が来る。
その中には勧誘とわからないものもある。

TVで新興宗教の勧誘方法を紹介する番組をたまたま見ていた。
病院へ行き、がん患者の入院病棟へ見舞いを装って入り、患者の家族の後を付けて家を特定する。
それからその家に定期的に宗教のパンフレットを入れる。

心が疲れている家族はその宗教に通うようになる。

「ん?」これはどこかで?

私が外科外来に通院していたころ家にある新興宗教の小雑誌がポストに入るようになった。
始めは子育て世代のお母さん向け。
なかなか良いことが書いてある、参考になる。
その後同じシリーズのがん患者の体験談が載ったものがポストに入っていた。
これもなかなか良い出来で、ちょっと話を聞きに行こうかなと思うほど。

この番組を見て「私を病院からつけてきたのか」と思うと、気持ち悪いし、怒りもあった。

確証はありませんが、がん患者家族はくれぐれも気を付けてほしいものです。




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